日本アレルギー学会等により提示されたエビデンスに基づいたアレルギー疾患のガイドラインに準拠した治療を行うことで、多くの患者は日常生活には支障がない程度まで症状をコントロールすることが可能になっているが、現状では、アレルギー疾患の有病率が高く診療にあたる医師も多いため、上記標準治療が受けられず、疾患が改善しないという訴えが少なくない。アレルギー疾患の質の高い診療が全国規模で速やかに行われる必要がある。そこで、本研究では、アレルギー疾患診療の現状を調査し、アレルギー疾患診療の均てん化のための手法の開発を目標とする。方法は、全国のアレルギー科を標榜している医療機関の医師に対して自記式アンケート調査を行なった。また、アレルギー疾患のある患者に対してはインターネットによるアンケート調査を実施した。結果は、アレルギー専門医は全体の医師の3割程度であった。また、医師のアレルギー疾患ガイドライン所有率は約4割から5割であり、ガイドラインの内容も理解されていた。アレルギー疾患診療内容については、概ねガイドラインに従って治療が行われているものの、ガイドラインに掲載されていないような診療を行っている医師やそのような診療を受けている患者が存在することがわかった。
アレルギー疾患が国民生活に多大な影響を及ぼしている。国民生活にとってアレルギー疾患の質の高い診療が全国規模で速やかに行われる必要がある。日本アレルギー学会等により提示されたエビデンスに基づいたアレルギー疾患のガイドラインに準拠した治療を行うことで、多くの患者は日常生活には支障がない程度まで症状をコントロールすることが可能になっているが、現状では、アレルギー疾患は有病率が高く診療にあたる医師も多いため、上記標準治療が受けられず、疾患が改善しないという訴えが少なくない。そこで、本研究では、アレルギー疾患診療の現状を調査し、アレルギー疾患診療の均てん化のための手法の開発を目標とする。
第一に、アレルギー疾患診療の現状を調査する。具体的には、アレルギー専門医と日本患者情報センターの共同体制下において、喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー疾患を診療している医師はどのような診療行為を行っているのかについて調査する。
また、アレルギー疾患のコントロールは患者の受療行動に大きく影響されるため、同時に患者側の調査も行う。これは医師側回答のサンプルバイアスを補正する。
第二に、診療の現状調査を踏まえて、教育研修を見直しすること、質の高い診療の普及のための活動、および患者の受療行動を適切化する施策を提案する。
アレルギー疾患診療の現状を調査するため医師アンケートおよび患者アンケートの作成を行った。アンケート調査に先だって、アンケートの設計およびアンケート調査項目設計を分担研究者および協力研究者で行った。
なお、医師調査および患者調査は疫学倫理指針に基づいて実施した。
平成26年2月10日から平成26年3月10日までの間、全国の「アレルギー科」標榜医療機関の医師を対象に喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーのアレルギー疾患を診療している医師はどのような診療行為を行っているのかについて「日本全国のアレルギー疾患の診療実態調査」を実施した。医師へ自記式アンケートを郵送し回答を回収した。その後、アンケート結果の集計を行った。
平成26年2月10日から平成26年2月24日までの間、医師からアトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、気管支喘息、食物アレルギーと診断されたことのある全国の成人およびその子供をもつ養育者を対象に診療の現状調査を把握するため「アレルギー疾患に関するアンケート」調査を実施した。調査はインターネット調査で行い、回答結果の解析を行った。
有効回答数は1052例(15.6%)であった。
年齢は50代が40.6%と4割を占めていた。アレルギー専門医資格を持つ医師は30.2%と全体に占める割合が低かったが、日本アレルギー学会入会は52.0%と全体の約半数を占めていた。89.6%の医師が診療所勤務であり、病院勤務医は一割にも満たなかった。最も中心的な診療科は小児科が33.0%と最も多く、次が一般内科の18.4%、耳鼻科17.9%,皮膚科15.6%と続いた。小児科に関しては、アレルギー専門医の割合が38.4%と非専門医(30.9%)より高かった。他の診療科は非専門医の割合の方が高かった。
アレルギー専門医の資格 | ||
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有 | 318人 | 30.2% |
無 | 724人 | 68.8% |
無回答 | 10人 | 1.0% |
アレルギー疾患を1週間あたりに診療する平均人数は、アレルギー性結膜炎やアレルギー性鼻炎についてはアレルギー専門医と非専門医で大きな差が認められなかったが、気管支喘息については、アレルギー専門医の方が多くの患者を診療している傾向にあった。アトピー性皮膚炎については、アレルギー専門医でも1週間に診療する人数が5人未満であると回答した医師が27%と専門医でありながらアトピー性皮膚炎を診療していないアレルギー専門医が約3分の1を占めていた。同じく、食物アレルギーについても同様にアレルギー専門医でありながら1週間に診療する人数が5人未満である医師が40.9%と約4割が日常診療で食物アレルギー診療を行っていなかった。
アトピー性皮膚炎の診療方針については、アレルギー専門医と比べて非専門医は、スキンケアにおける石けんの使用禁止の指導、ステロイドを塗布しない、軟膏はなるべく薄く塗るといった指導や漢方薬を処方する医師の割合が高かった。
アレルギー性鼻炎の診療方針については、アレルギー専門医と比べて非専門医は漢方薬を処方する割合が高かったが、その他の薬剤処方については大きな差が認められなかった。
気管支喘息の診療方針については、アレルギー専門医の方がロイコトリエン受容体拮抗薬や吸入ステロイド薬を処方する割合が高かった。
食物アレルギーの診療方針については、回転食による治療(13.6%)やDSCG(クロモグリク酸ナトリウム)の処方(10.8%)や特異的IgG抗体価の測定(3.7%)といった最新のガイドラインには準拠しないと思われる治療や検査を行う医師が少なからずいることがわかった。アナフィラキシー既往の患者に対してエピペン処方するアレルギー専門医は56.8%しかいなかった。経口免疫療法については、12.6%のアレルギー専門医が経験していた。
アレルギー疾患に関するガイドラインの所持率は、アトピー性皮膚炎ガイドライン2012(39.1%)、鼻アレルギー診療ガイドライン2013年(42.7%)、小児気管支喘息治療・管理ガイドライン(JPGL)2012(46.6%)、気管支喘息治療・管理ガイドライン(JGL)2012(37.5%)、食物アレルギー診療ガイドライン2012(38.1%)であった。アレルギー専門医の方が非専門医より所持率が高く、理解度も高い傾向にあった。
ガイドラインに対する意見の文中の共起語彙を専門医資格の有無間で比較した共起マップを作成した。アトピー性皮膚炎に関しては、専門医は非常に多様な意見(問題意識)を持っているが、非専門医は限られた範囲の意見しかなかった。逆に食物アレルギーに関しては、専門医の意見はかなりシンプルであったが、非専門医は多岐にわたった意見を持っており医師ごとの問題意識のあり方がばらついていた。喘息に関しては小児喘息では非専門医のほうが意見の多様性が多かったが、成人では小児ほどの大きな差はなかったものの内容面では専門医と非専門医の共通性が乏しく意見要素が異なっていた。アレルギー性鼻炎に関しては専門医と非専門医の間での共通する意見が多く、専門医のほうが多様な意見を持っている傾向がみられた。また、領域をまたいだ意見内容に関しては、週あたりの診療患者数が少ない専門医の意見に多様性がみられた。
有効回答数は8240例であった。
成人患者(n=4120)は30代が39.1%、40代が34.6%と30代から40代が約4分の3を占めていた。小児患者の年齢は、0歳から19歳であった。なお、本調査パネルを形成する際に行ったスクリーニング調査で判明したアレルギー疾患の併発率については、以下の通りであり、アトピー性皮膚炎では鼻炎と併発が多く、食物アレルギーについてもアレルギー性鼻炎との併発が多かった。しかし、アレルギー性鼻炎については併発がなく単独の患者が7割を占めていた。
「アレルギー疾患」の併発率(当該疾患罹患者を母数とする)
「最も気になる疾患」の選択率(複数疾患併発者を母数とする)
定期的にかかりつけの医療機関を受診している成人患者は65.3%、小児患者は73.5%と多くの患者が定期的にかかりつけを受診していた。また、成人患者および小児患者のかかりつけ医療機関はほとんどが診療所であった。約5割から6割の成人患者や小児患者の保護者は、かかりつけの主治医が「アレルギー専門医」資格を取得しているかどうかわからなかった。
アトピー性皮膚炎の診療については、約1割の患者が入浴時にせっけんを使用していなかった。約6割の患者しか体や手足に塗布するステロイド外用剤を処方されていなかった。また、半数以上の患者はステロイド薬をできるだけ薄くのばして塗っていた。アレルギー専門医の資格の有無による症状のコントロール状況の差はほとんど認められなかった。
アレルギー性鼻炎の診療については、9割以上の患者が内服薬による治療をおこなっていた。また、8.9%の成人患者は市販薬を使用していた。一方、成人患者は漢方薬(3.6%)、鍼灸(0.8%)、甜茶(3.0%)、ヨーグルトなどの食事療法(7.5%)も治療として取り入れていた。アレルギー専門医の資格の有無による症状コントロール状況の差はほとんど認められなかった。
気管支喘息の診療については、多くの患者がガイドラインに掲載されているような抗ロイコトリエン拮抗薬や吸入ステロイド剤を処方されていた。発作時以外でも定期的に短時間作用型β受容体刺激薬を使用している患者が認められた。アレルギー専門医の資格の有無による喘息発作のコントロール状況の差は大きくないが、資格のない医師にかかっている患者のほうが若干コントロール不良例が多い傾向にあった。
食物アレルギーの診療については、成人患者の31.4%と小児患者の76.1%が抗原特異的IgE抗体陽性の検査結果を根拠に食物除去を行っていた。また、成人患者の6.8%と小児患者の5.0%が抗原特異的IgG抗体陽性を根拠に食事除去をしていたが、アレルギー専門医のほうが非専門医よりも多かった。7割から9割の患者は原因食物の食事制限を行っていたが、経口免疫療法は成人患者の1.7%と小児患者の5.0%で行われていた。回転食の指導は成人小児ともアレルギー専門医のほうが非専門医よりも多かった。
本調査は、アレルギー科を標榜する医療機関を対象に郵送調査を行った結果とWeb上でアレルギー疾患の患者を対象に行った調査結果とを報告したものである。回答率は15.6%と低いため、サンプルに偏りがある可能性を否定できないが、アレルギー科を標榜する医師の3分の1程度しかアレルギー専門医資格を有していないという結果であり、標榜科が必ずしも専門医を意味しない実態が明るみになったと言えよう。また過半数の患者は、自分がかかった医師がアレルギー専門医の資格を有しているか否かを知らないと回答しており、必ずしも専門医資格の有無を確認した上で受診しているわけではない。
アレルギー疾患のコントロール状況に関しては、アトピー性皮膚炎とアレルギー性鼻炎では、専門医資格の有無による差はなかったが、喘息では専門医のほうが若干良好であった。また、食物アレルギーに関しては、ガイドラインで推奨していない特異的IgG抗体を根拠に除去したり、回転食を指導する医師が、専門医のほうが多いという結果がでており、専門医資格を有するにも関わらず、不適切な指導を行う医師の存在が患者側からの調査で明らかになった。
ガイドラインの所持率はアレルギー専門医のほうが多かったが、それでも回答者の半数未満であり、専門医といえども必ずしも最新のガイドラインを参照してはいないことが判明した。但し、ガイドラインの治療内容についての理解や妥当性に関してはポジティブな意見が多数を占めていた。個別の意見でも、ガイドラインを入手したいとか無料で配布してほしいという回答が複数あり、アレルギー科標榜医であってもガイドラインを所持していない医師が少なからず存在するという実態が明らかとなった。
こうした状況から浮かび上がってきた我が国のアレルギー診療の様子は、ガイドライン治療が徐々に浸透しつつあるものの、最新の情報が専門医も含めて充分に行き渡っているとは言えないというものである。また、専門医以外の医師にかかっている患者も多く、アレルギー診療に関する卒後教育に関しては、専門医のみならず非専門医も含めた対策が必要と思われる。
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